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2019.3.8 / カテゴリー:INFO・お知らせ, MYKITA(マイキータ), FAIR, SHOP INFO

D-Eye Kagoshima 8th Special Events Vol.2 「MYKITA×CHIN JUKAN POTTERY」in 沈壽官窯

 

D-Eye Kagoshima 8th Special Events Vol.2 

「MYKITA5days×CHIN JUKAN POTTERY3days」

 

今回、MYKITAイベント期間中の3/21・23・24(3日間限定)は特別企画として「さつまもの」をテーマにCHIN JUKAN POTTERYの器とMYKITAの商品をご紹介。器をご紹介させていただくにあたり、私たちスタッフみんなで沈壽官窯を訪れ薩摩焼の歴史に触れて参りました。

 

 

沈壽官窯(CHIN JUKAN KILN)

鹿児島県日置市東市来町美山1715

 

鹿児島市内より車で約40分のこの地は薩摩焼の里と知られ、四方を緑豊かな山に囲まれた静かな地域です。メインストリートの両脇には数々の窯元が立ち並び、毎年11月に開催される「美山窯元祭り」では多くの人で賑わいます。そんなメインストリートの一番手前に今回の目的地である薩摩焼の窯元「沈壽官窯(ちんじゅかんがま)」があります。道路に面した立派な正門をくぐると日韓の国旗と朝鮮の守り神が迎えてくれました。

 

 

当店のお客さまでもあります営業の瀬川さんと沈壽官窯の職人児玉さんのお二人から今回、いろいろと薩摩焼についてお話をお聞きすることができました。

 

 

紆余曲折あった薩摩焼の誕生

秀吉の朝鮮出征により、「鬼島津」の異名を取る島津義弘が朝鮮陶工者をこの地に連れ帰ってきて約420年。その中の一人、初代 沈当吉はかつて苗代川と呼ばれたこの美山に沈壽官窯を構えます。 当時、日本は朝鮮の白磁器に強い憧れを抱き、日本各地で磁器の生産が開始されます。

 

島津家も陶工たちに白い焼き物を作るよう命じます。ただ、残念ながら、鹿児島では磁器に適した石(岩)が見つからず、代わりに白土を使い白磁器に近い陶器を作ろうと試みます。 しかし、鹿児島は桜島の火山灰の影響で鉄分の多い黒い土が多く、白土もなかなか手に入りません。陶工者たちが霧島や指宿、笠沙などでようやく見つけた白土で使い焼き物を作り島津家に献上するとお殿様はたいそう喜び、功績を称え「薩摩焼」と名付けます。 島津家はこの沈壽官窯を藩直轄の窯元とし、特に気に入った白い薩摩焼、これを自分たち専用の「白薩摩」として独占、一方で庶民には黒土で作る「黒薩摩」のみの使用を認めました。

 

沈壽官窯では、毎朝全員で掃除をしてから一日がスタートされるそうです。瀬川さんの案内で、職人さんの工房まで歩いて移動しましたが、どこを歩いても落ち葉一つなくキレイで澄み切った空気がとても気持ち良かったです。

 

 

 

歴史ある薩摩焼を伝承する職人たち

実際に工房では職人さんたちの作業を拝見することができました。工房は工程ごとに部屋が分かれ、完全分業制となっています。島津家は分業制を強制する事で、万が一、他藩に陶工が捕らえられてしまった場合でも、焼き物を完成させる事が出来ないようにしていたそうです。また、分業制にする事で、生産性も上げる事ができるとお聞きしました。

 

 

 

工房を外から拝見すると、「ろくろ」「絵付け」「透し彫り」と各部屋に分かれ作業をされています。職人さんはベテランの方から、若い方まで幅広い年代の方がいらっしゃいます。沈壽官窯は陶芸専門学校を卒業されたばかりの若い職人さんたちも積極的に採用し伝統技法の継承を行うとともに、人材の育成にも力を入れていらっしゃいます。

 

 

新時代を切り開く、十五代 沈壽官

十五代はデザインを主に手掛ける総合プロデューサー。作品のプロデュースを行い、各工程の職人さん達と作っていきます。十五代が携わる作品には“十五代スペシャル(選抜)チーム”がつくられるそうです。また、日々、精進されている職人さん達にとって、そのような目標(チーム)があることはモチベーションの向上にも繋がるそうです。

 

十五代沈壽官作品ギャラリーにもお邪魔し、作品を拝見しました。

 

 

十四代まで引継がれてきた伝統・製法を重んじつつも、現代人の感性に合ったデザインと機能性を持たせた作品を作り続けている十五代。中には、値が付けられない程の美術作品もありますが、様々な方へ日常的に『本物』を取り入れて欲しいと言うお気持ちでいらっしゃいます。安くでいろんな物が手に入る時代、本当に上質なものを使い手の皆さまに使って頂く事は作り手の職人にとっても大切な事と十五代は説きます。

 

 

本当に良いものは誰の目から見ても良いものであり、『本物』は普遍的な美を持っています。熟練された職人技というものはもっと評価されるべきなのではないでしょうか。

 

 

 

職人さんたちの工房の眼前には、広く自然豊かな庭があります。その庭には祠があり、石塔があり、先代の14代と親交のあった、「司馬遼太郎」の石碑もあり、様々なものがミックスされたとても趣深い、それでいて、私たち、見学者にも配慮されたとても落ち着く庭です。集中し、細かい作業を行う職人さんたちにとって、この空間はとても癒しなのではないでしょうか。

 

 

 

人の感覚が重要な登り窯

敷地内の中央には傾斜を利用した登り窯があります。案内してくださったのは、沈壽官勤務20年以上の児玉さん。修復を続けながら数十年使われ続けている現在の登り窯。

 

 

今では登り窯を使うことは限られた時のみで、通常は電気やガス窯を使っているそうです。登り窯は仕上がりの成功率は低いですが、自分たちの予想を超える化学反応が生まれ、想像以上の焼き物が生まれるとおっしゃっていました。とても緊張感があり、その分楽しみがあると児玉さんからお聞きしました。

 

 

2日間、火を絶やしてはいけない登り窯。日没から焚き始めた窯は最大1,200度以上に達します。登り窯は温度管理がとても大事。温度計はついていますが、やはり、大事になるのは人間の感覚。炎の色、音、焼成温度を測定するためのゼーゲルコーン(写真上)を使い温度の目視確認するなど、昔ながらのやり方。

これほどの温度を上げるために使われる薪は松の木。油分の多い松の木を使う事で、高火力が出るだけなく、完全に燃え尽きるので終わった後の灰(炭)がほとんど出ないそうです。

 

 

台風などで倒れた松の木を薪として使用。阿久根大島など海岸線沿いの松の木を使う事が多いそうですが、最近では台風の上陸が少ないので、なかなか手に入れる事が出来ないそうです。最近では薪をヒノキに替える事も多くなったとお聞きしました。

 

窯の周りを四方壁のように埋め尽くす薪は1回、窯を使うだけで、その4分の3以上を使うそうです。私たちに甚大な被害を与える台風も見方を変えれば必要なものでもあり、この地の自然があっての薩摩焼なのだとつくづく感じました。

 

 

沈壽官窯を訪れる前、薩摩焼の窯元の一つに過ぎないと思っていた私。その考えは今回の訪問で180度ひっくり返りました。知れば知る程、歴史的にも技術的にも深く、それでいてとても興味深い沈壽官窯。自由に見学出来るので、皆さまも一度訪れてみてはいかがでしょうか。きっと、その偉大さに驚かれるはずです。

 

この度は、沈壽官窯 瀬川さん、児玉さん、そしてスタッフや職人のみなさま、貴重なお時間をありがとうございました。

 

 

 

この後、私たちスタッフは串木野にあるみその食堂に行き「まぐろラーメン」を食べて江口浜で10秒タイマー記念撮影!

 

そして今度ご一緒にイベントをさせていただく、鹿児島県歴史資料センター黎明館「CHIN JUKAN POTTERY 喫茶室」に行き、実際に薩摩焼の器でお茶をし取材をさせていただきました。その様子を次回のブログでご紹介いたしますので、どうぞお楽しみに!

 

 

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